仏教の学びで救われる?

〜仏教は実践が大事です〜

 この間、著名な仏教学者さんと有名人の方の本を読みました。

 すると、お釈迦さまの言われている書物を学べば、それだけで、アナタは必ず覚りを開いて、安心を得て救われる、と言うことが書かれていました。

 私は実体験から全くそうとは思いません。

 書物を学び、教えを理解することは確かに大事なことです。車で言えば、書物にかかれた教えは「ナビ」です。ただ、実際に自分が車(御縁のある修行)に乗って、車を動かさなければ、目的地に着くことは出来ません。

「少欲知足(しょうよくちそく)」と言う言葉があります。生きて行く上での最低限のもので、生活をいたしましょう。貪(むさぼ)ると、次々と欲望が連鎖をしていき、かえって苦しみを生むことになります、と言う意味です。

 この言葉の意味を理解して「そうなんだ。苦しみの原因は欲望の連鎖にあるのだから、最低限の物で生活しよう。また、得た物については、困っている人にお渡ししよう。それが他人の為であり、社会や世界を良くすることだ」と思える方は何人おられるでしょうか?

 0人ではないかもしれません。ですが、実際に自分の目の前に物がきた時に、欲望を抑えられる方はほとんどおられないと考えます。

 自分が涙したつらい経験や修行によって、初めて私は「少欲知足」の心が湧いてくると考えます。学ぶだけで、苦しみがどうにかなるのであれば、昔から「修行」なんて行動はやらなかったでしょう。

 でも、それがあるということは、私たち「人間の心」というものは、それほど簡単なものではないのです。

 無責任なことは言わないで欲しいものです。

 逆を言えば、面々と今に伝わる諸宗の修行は、多くの僧侶が精魂を傾けて、心と向き合い、色々な修行を実践して、立証されたものです。苦しみを越える宝物に他なりません。

 どうぞ、御縁のある修行を実践してみてください。

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