~出羽三山をお参りして、清らかな空気にこころを洗う~
人生を歩んでいますと、一日一日楽しい事ばかりではありません。思い通りにならないこと、悲しいことが次々とやってきます。そんな時こそ、素晴らしい霊気に満ちた霊場参りをおススメしたいと思います。特に今回は「出羽三山」をご紹介させて頂きます。
「出羽三山」は山形県に存する霊場です。この聖地は「羽黒山」「月山」「湯殿山」という三カ所の霊場の通称です。開基は蜂子皇子と言い、崇峻天皇の皇子であり、蘇我馬子の暗殺を恐れ、聖徳太子に匿われて、東北の方へ向かい、そこで後世の人の為に修行道場として出羽三山をお開きになられたと伝わります。関西の方ではあまり聞きなれないと思いますが、関東や東北の方ではメジャーな方と霊地です。とても多くの方が一年を通して参拝する霊場でもあり、特に「湯殿山」は弘法大師とも縁が深い場所です。
さて、私も幼い時に、千手会の初代会長に連れられて、この出羽三山にお参りをさせて頂きました。すると、熱心な信者さんが数多くお参りをされ、この霊場の持つ魅力を目の当たりに致しました。私が目にした皆さまは、いつもは各地でお仕事をしているのですが、「講」(お参りするグループ)が参拝する時に合わせてお仕事を休んで、三泊ほどで集中してお参りをされているようでした。
羽黒山と湯殿山は車で比較的近くに行けるのですが、月山は1984メートルの御山であり、八合目までは車で行けるのですが、そこからは歩かなくてはいけません。ですが、この月山も素晴らしいのです。月山の風景を見た先人たちが、ここは仏さまの国「浄土」と呼ばれたそうですが、まさしくその通りだと思います。景勝の中を進み、後ろを振り返ると、雄大な庄内平野が広がり、圧巻です。また、雪が解けて水を豊かに讃える湿地の各所は高山植物によって彩りがされて、何とも言えない美しさがあります。この光景は見て頂かないと、文章で感動をお伝えすることが非常に難しいです。
東京でいつもサラリーマンをしていた吾妻さんもこの光景に魅かれたお一人でした。
時はバブルの時代です。東京という誘惑の多い場所で、同僚たちは毎晩夜の街に出向き、遊び歩いていました。吾妻さんも一緒に行くのですが、何故か心にぽっかり穴が開いてむなしさを感じていました。はたして「自分の人生はこれでいいのか」と思い、それが日に日に強くなってまいりました。そんなある日でした。同僚のOLで東さんから出羽三山参りを誘われたのです。最初は三つの山を登山するのかな、という軽い気持ちでしたが、実際に月山を登ってみると、「辛すぎて自分は死ぬ」と思われ、怠惰な日常を後悔したそうです。それと同時に、肩で息をする吾妻さんを横に、軽快に登る修行者さんたちに、驚愕したそうです。
そして、数々の景勝と手を合わせる内にサラリーマン生活で味わったことのない心の高鳴りを覚え、特に月山神社をお参りした際、雲が晴れて見た山の景色は本当に輝き、「都会と全く違う。この胸の感動と落ち着きは何なのだろうか」と思われたそうです。それから毎年、東さんの属する講で出羽三山をお参りし、いつの間にか、このOL東さんが吾妻さんになり、庄内平野でお米と野菜を作るに至った、と伺いました。
そう爽やかに語って下さる吾妻さんに、こちらも爽やかな気持ちになりました。
弘法大師さまは「心境一致」を私たちに教えて下さっています(詳しくは高野山紹介①を参照下さい)。難しいことではありません。清らかな場所に行けば、清らかな気持ちになるのです。清らかな気持ちでいれば、自然と周りが清らかに見えて爽やかで幸せな気持ちになります。
出羽三山をお参りして、清らかな気持ちになりませんか。詳しくは千手会ホームページ「お問い合わせ」↓にてお伺いください。
また、弘法大師さまと「湯殿山」の繋がり、そして、弘法大師さまのエピソードから幸せの見つけ方です。
出羽三山の中でも、特に湯殿山は昔から「語るなかれ」「聞くなかれ」と神秘性が保たれ、出羽三山参りの総奥之院と大切にされてまいりました。その湯殿山と弘法大師さまには一つのエピソードがあります。
それは弘法大師さまが出羽三山参りをされていた時に「梵字川」という川に至りますと、上流より珍しい赤い水が流れてきました。さらに流れてきた草の葉を手に取ると、胎蔵大日如来の真言「アビラウンケン」の文字が浮かび上がってきました。これは何か仏さまの思し召しがあると思い、上流を目指していくと、湯殿山にたどり着かれたのです。
これは伝説ですが、非常に重要なことを教えて下さっています。例えば、皆さまは道ばたの草を摘んで、薬に出来る方はおられますか。私は出来ません。けれども、薬学と草木の知識の深い方はそれが出来ると思います。これを分けているのは知識の深さです。それと一緒です。弘法大師さまは神仏への知識が深いので、自然と人が清らかになる場所を見つけ、神仏の声を聞くことが出来るのです。
知ると知らないとは、自分の勉学の深さによります。誰も責めることは出来ません。幸せは文字に起こすことは出来ませんが、文字を頼りにしないとわかることは出来ません。一つ一つ、幸せの為の勉強を積み重ねていきたいものです。
幸せは毎日の小さな実践の積み重ねです。どうぞ、実践を積んでください。幸せを得るための実践方法が分からない方は「座禅会」にご参加ください。詳しくは千手会ホームページ「お問い合わせ」にてお伺いください。
