~努力出来る人はとても才能がある人です~
朝のお勤めに出ていて、ふと、物思いにふけってしまいました。
それは器用な人が良いのか、それとも地道に努力している方がよいのか、というものです。
私の答えを言うと、努力している人が最終的に勝っている、という思い至りました。
今、朝のお勤めに出ているのですが、左右の僧侶から聞こえてくるお経が、全然違います。右手の方は綺麗なのですが、なにか気持ちが伝わってこないお経の声。左手の僧侶は、ちょっと詰まりがちですが、ハートを感じ、胸を打ちます。
右手の僧侶は私のお勤めしている所に長くいるのですが、たまにしかお経を読みません。また左手の僧侶は、みんなから「ポンコツ」と呼ばれながらも、朝のお勤めに毎日出てきている僧侶です。
器用な人は、私も憧れるところですが「どこか途中、周りの人の顔色を見ながらここで良いか」と、辞めてしまう傾向があります。右手の僧侶も色々なことを率なくこなします。ただ、掃除という一点を挙げれば、見えるところを綺麗にしたら、掃除を止めてしまうのです。私たち僧侶にとって掃除は「修行」です。時間があれば、時間の許す限り、綺麗な所であってももう一度いたしますし、人が見えないところも綺麗にいたします。逆に左手にいた僧侶は、時間の間、ずっと掃除をしています。不器用ですが、明らかに掃除の「質」が違います。最初の頃からしたら、驚くほどです。
一つの事ですが、これが様々な点で差が出てきていると体感しています。努力することのメリット整理とすると、以下の四つです。
◎努力をするメリット
- 自分の絶対的な自信につながること
努力を継続できることは、何か自分の中で価値を見出さなければできません。一つの判断基準をもつことは色々な局面に対応することで非常に有効です。特に人生は判断の連続で、それも数式のように答えがありません。自分で判断を下し、自分で責任を取らなくてはいけません。自分と自信を持つことは大切なことです。
- 物事が見えるようになってくるということ
物事の推移が見えるようになるには経験が必要です。いきなり指導や全体像を把握しようとしてもなかなか出来ません。ずっと下積みの時代から色々な経験を重ねてきたからこそ、落ち着いて流れを観察できます。観察するからこそ、職場やその空間で、人と物がどういうように動いているのかが手に取るように分かるのです。
- 努力は満足感を生む
自分が「コツコツコツコツ」と積み上げてきたので、自分の中でそのことに対してやる気と、それをやってきたという充実感があふれ出してきます。仕事には必要がなくても人生には必要なことです。
以上の四点が努力することのメリットと考えます。
また、私の接する人の中には「自分の努力が報われなかった」と話す方がいます。
その方にお伝えしたのは、本当に全力で「コツコツコツ」と、あなたはしてきましたか 。今も、それを続けていますか。
努力が報われなかったという人の多くは、案外それに全力をかけてこなかったり、途中でやめられた方が非常に多いと私は肌で感じます。本当に一生懸命に努力している方は、そんなことを言う人は私の周りにはいません。
社会的な立場や名誉は人生にとって大切なことではありますが、それ以上にたった一度きりの人生を「生きていてよかった」と言いたいものです。 私は努力を続けることが、「人生の満足感」につながるものと考えています
以上の事から、私は題名の答えは、努力している人には最終的に勝つと思います。
それぞれ置かれた場所は異なると思いますが、アナタのなすべきことをなして、努力を続けていただきたい、と思います。
今は見えなくても、歴然と見える日がきます。
また、僧侶に努力のコツは、「時間を決めて、その時間がきたら、それをする」という、単純なことです。
ですが、社会人になると中々難しいものです。なにか理由をつけて止めてしまいます。しかし、そのような弱音に負けず、自分の時間をしっかり作り、一日一回決めたことをします。
1週間程は大変ですが、続けていくと、今度は逆にやらないと不安になります。こうなれば、しめたものです。どうぞ、アナタも「努力」を心掛けて下さい。
必ず、成果と幸せがその先に待っていますよ。
アナタの幸せを高野山より願っています。
また、僧侶に伝わる日常を幸せにする仏教用語をお伝えする勉強会を 10 月 26 日(土)10 時〜11 時まで開 催致します。
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