~与えられる人になりましょう~
先般、長野県へ行ってまいりました。同行された方があまり高野山を降りない私に「折角ですから」と、長野県にある諏訪大社の近くの温泉へと連れてって下さいました。
この時に、「偏執(へんしゅう)」しないことの大切さを教えて頂きました。「偏執」とは、一つの考えにこだわって、その考えを変えないことです。これは仏教ではものすごく嫌がることです。不幸の原因とされます。ですが、日常の中でそのような場面は多々あります。
今回のお話しを参考にして「偏執」が、アナタにどれほどの損失になるのかを理解していただきたいと思います。それでは御一読ください。
諏訪大社の辺りでは、よく温泉が湧き出ているらしく、公共のお風呂となると500円を切って、多くの方が利用できるようになっているようです。私もそんな大社の近くのお風呂に入らせて頂きました。飾ることなく、素朴な施設に純朴な県民性が現われていて、懐かしさと共に心が洗われます。
さて浴室に入ると、老人の方が若い方に対してものすごい剣幕で叱りつけていました。お話しを聞くと、老人の方は「ケンキチ」さんと呼ばれ、若い方は「ヒロシ」さんと呼ばれておられました。
事情と致しましては、ケンキチさんは、この公共のお風呂をよく使っているらしく、いつも自分が座る蛇口が決まっていて、そこにたまたまお風呂に入りにきたヒロシさんが座ってしまい、それに対して非常にお怒り、ということでした。周りの方々が「ケンキチさん、やめときなさいよ」と言っているにも関わらず、ケンキチさんはおさまりません。
しばらくして、ひとしきり怒りをぶつけたケンキチさんは怒りが収まり、意気揚々になりながら、いつも通り自分の定位置の蛇口に座りました。ヒロシさんは友人の方と浴室を後にしました。
ケンキチさんがシャワーを出そうとハンドルをひねったその時です。熱湯が勢い良く飛び出してきたのです。
あまりの暑さにタイルを転げまわるケンキチさん。周りは蛇口を一生懸命止めて、熱湯が出てくるのを防ぎます。すると、その様子を見て、ヒロシさんと友人の方は脱衣室で笑っています。一番古老の方でしょうか、
大神(おおがみ)さまの思し召しだな。些細(ささい)なことに囚(とら)われて、大きいことを見失ってはいけない。大神(おおがみ)さまが、そのことを教えて下さったのだ
と、ケンキチさんに声をかけられました。ケンキチさんは、その方のお言葉を聞いて、今までの勢いが噓のように、しおらしく頭をうな垂れていました。
この時、『ダンマパダ』というお釈迦さまの、
物惜しみする人は神々の世界にをおもむけない。
じつに、愚かな者は施(ほどこ)しを賛(たたえ)ない。
賢者(けんじゃ)は喜んで施しを行ない。来世には幸せになる。
と、いう言葉を思い出しました。時間にしては短い一幕ではありましたが、大切なことを教わった気が致しました。
心に余裕をもって、生き生きと日常を歩みたいものです。皆さまの幸せを願っています。
また、心に余裕を持つための方法をお伝えしたい、と思います。ご興味のある方は↓へお進み下さい。
心に余裕を持つには「お写経」が良いと考えます。
お写経は、経典を書写することです。一般的なものは『般若心経』を写すものです。ゆっくりとした空間で、良い香りのお香を焚き、一文字一文字、丁寧に文字を写していきます。
心が自然と静かになると同時に心が大きくなる感覚が湧いてきます。これが重要です。また、集中力も段々ついてきて、物事を効率的に進めることが出来るようになります。
とても「お写経」は素晴らしいものです。一度、実践してみて下さい。
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また、高野山千手会では、令和6年10月26日(土)午前10時から11時まで、仏教の勉強会「明日から話したくなる身近な仏教用語」と題してオンライン、オフラインハイブリッド配信をいたします。詳しくは高野山千手会公式ラインアカウントでお伝えしますので、興味のある方は同じく公式アカウント↑にご登録下さい。
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