~悪い縁を素晴らしい縁にするために~
前回の投稿は「素晴らしい御縁を得る」ということでしたが、今回はどうしても生きていると自分が「心地が良くない」と感じるご縁があります。このご縁を「素晴らしい御縁」へと変える魔法のコツを僧侶の人間関係から学ぶということで、お伝えしたいと思います。
最初にコツをお伝えすると「全てのことに手を合わせ、感謝する」ということです。
「御縁」に良いも悪いもありません。すべて、仏さまの采配なのです。良い悪いの判断は、自分の今までの経験です。一つ一つの出会いが今後どう人生に影響していくかは全く分かりません。案外、本当に苦しい御縁は、後々にあなたの人生が広がる時に意味を持ってきます。振り返れば嬉しかったことと同様に自分の人生を素晴らしいものが変えてくれるスパイスだと気付きます。
しかし、悪い御縁に会った時は、その時は素晴らしい御縁だと思えませんよね。ここからが私が教わった僧侶の人間関係魔法のコツです。
心地よくない御縁の時はその方と分かれる時、そのような出来事があった時に、心の中で「この御縁に感謝します。(人の場合は次の文言を付け足してください)この方が幸せになりますように」と強く言ってください。気持ちが乗らなくても必ずこの言葉を心の中で言うのです。さらに実際に手を合わせ、口でその出来事、その方の幸せを祈れる言葉が出れば、なおのこと良いです。でも、最初は難しいですよね。ですが、自分を幸せにするための修行と思い、続けてみて下さい。最初は全く、その効能が見えてきませんが、継続していれば、必ずこの実践の凄さを分かってくださるはずです。
もちろん、良いご縁の時は手を合わせその方に「このご縁に感謝します」と伝えたら、さらに素晴らしい御縁となります。
私の出来事ですが、昔、僧侶の布教研究機関に属していた時のことです。
私は大学院でずっと文献を研究していたので、文献から弘法大師や高野山の事を探ることは得意だったのですが、研究機関の上役より突然、インターネットを研究する者が急遽辞めたので、文献の研究とインターネットの研究を命じられたのです。
文献の研究だけでも大変なことでしたが、さらにインターネットとなると、全くの研究対象外、一から学ぶことになりました。その時は激しく嘆き、研究機関を去ろうと思いました。そこで、信頼できる僧侶の先輩に相談すると、
この世の中はすべて仏さまの思し召しです。良いと思うこと、嫌だと感じる事、ともに「ありがとうございます」と受け入れると、必ず今後あなたは幸せを得ることができます。恨まず、感謝をして励んでください。
と、お諭し頂き、皆さまにお伝えしたコツを教えていただいたのです。
それを胸に、周りの助けも借りながらなんとか任期を終えることができました。しかも、人間万事塞翁が馬ではありませんが、このようにインターネットでブログを書いているのもインターネットを研究する御縁があったからです。
どうぞ、このお坊さんが実践する魔法のコツを実践し、良縁をいっぱい頂いて幸せな人生を送って下さい。
本文では、一つ魔法のコツを紹介しましたが、もう一つ知っておいてほしいことがあります。
まず、知っておいて欲しいことを言う前に幸せの法則のお話しをさせて下さい。
私が所属する高野山にある大師教会の総本部の大講堂には「相互礼拝」「相互供養」という柱聯(木の板に詩文を書いて柱にかけるもの)が掛かっています。
この「相互礼拝」「相互供養」という言葉は、全ての人は仏さまの子どもであり、自然と敬い、助け合っていけば、幸せになることができるという、人間関係のあるべき姿と幸せになる法則を伝えてくれています。そして、この言葉はそのまま、お大師さまの伝えたかったことであり、仏教の神髄です。
この幸せの法則からすれば、「悪い縁」というものは存在しないのです。すべて、あなたを幸せにする御縁なのです。そして、ここからが知っておいて欲しいことです。
本分にも少し書かせて頂きましたが、良い悪いの判断はあなたの経験であり、「自分」です。
「自分」がご縁を頂戴した時にしっかりしていないと、すべてが「悪い縁」になってしまいます。
自分をしっかりさせる方法はいくつかありますが、一日に必ず「信仰の時間」を作ることをお勧めします。落ち着いて、反省と感謝の時間を作ることで、冷静な判断ができるようになります。往々として、私たちは感情に流されてしまいますが、信仰の時間を作ることで、感情に流されることが少なくなり、自然と場の空気を良くして、多くの人からよく信頼されることに繋がります。
どうぞ、一日に「信仰の時間」を作ってみて下さい。
「信仰の時間」の作り方や信仰の時間の過ごし方が分からない方は、一度、千手会のお問い合わせでご連絡ください。
