幸運になり、災難をなくす ~「いつまでもあると思うな親と金」の格言から学ぶ~

「いつまでもあると思うな親と金」

と、いう言葉は皆さまご存知でしょうか。

意味は永久的に両親も財産もあるわけではない。大切にいたしましょう、ということです。

私の周りではよく使われる言葉であり、耳にタコができるほどです。そういうこともあったのか、この言葉に非常に嫌悪感を抱いた時期もありました。ただ、年を重ねたるにつれて、先の格言が心に響いてきます。

もともと、出所がはっきりとしない言葉ですが、多くの共感を得ているからこそ、今でも使われているのでしょう。

 では皆さま、この後に続く言葉はご存知でしょうか?

私もつい最近教えて頂いたのですが、

「いつまでもないと思うな運と災難」

 と、続きます。意味は、現在はないように思える運と災難だが、いつ私のところに来るかわからない、という言葉です。

 ここが今日の本題です。では、幸運となり、災難をなくすにはどうしたらよいのでしょうか。

仏教からこの問題を解きますと、「善業(ぜんごう)を積んで、災難を越える」ことです。

「善業を積む」と思うと難しく思われるかもしれませんが、多くの人に「嬉しい」という思いを抱いてもらうことです。でも、いきなり他人様に嬉しくなってもらうことは難しいと思います。まずはご両親に孝養を尽くし、嬉しい気持ちになってもらい、そこから段々と広げていくのです。このお父さん・お母さんというのが大事です。

 また、ご両親がなくなってしまった方は、私たちは手を合わすことができます。仏さまとご一緒にいるお父さん・お母さんがあなたの真摯な姿を見た時、どれほどの嬉しさが込み上げてくるでしょうか。

自分に身近な両親が実は幸不幸を分けるなんて不思議ですよね。

「いつまでもあると思うな親と金」

「いつまでもないと思うな運と災難」

 を仏教で読み解き、幸運になり、不運を無くす方法をお伝えしました。どうぞ、この言葉を胸に抱きながら、幸せに向かってください。

 さて、以上の記事では、ご両親に嬉しい気持ちを届けて、善業を積み、幸運になっていくということをお話しいたしましたが、もっと幸運になるために「災難をなくしていく」ということをお伝えしたいと思います。

 災難がなくなり、幸運に包まれながら生活した方が良いですよね。

 最初に結論をお伝えすると「懴悔(さんげ)(もん)」をお唱えすることです。

懴悔(さんげ)」とは、仏さまの御前で悪いことをしてしまったことを反省することです。それをお坊さんたちが仏さまの前で唱えている経文(きょうもん)「懴悔文」にすると、

(が)昔所造(しゃくしょぞう)諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)(しょあくぎょう) 

 皆(かい)由無始貪瞋癡(かいゆうむしとんじんち)(ゆむしとんじんち) 

 従身口意之所生(じゅうしんごいししょしょう) (じゅうしんくいししょうしょう) 

 一切(いっさい)(が)(こん)(かい)懺悔(いっさいがこんかいさんげ)(さんげ)

(現代語訳)

「私の初めが分からない昔より(つく)る所のもろもろの悪業(あくごう)(悪いおこない)は、みな(とん)(むさぼり)(じん)(思い通りにならないことで生じるいかり)(ち)(正しい見解を分から  ない愚かさ)に起因して、(しん)(行動)(ご)(言葉)(い)(こころ)から生まれてきたものです。

 私は今、それらすべてを懴悔いたします」

と、なります。

 唱え方は千手会の行事に参加していただきましたらお伝えしますが、この経文を唱えることが非常に重要なのです。

 日々に懴悔文をお唱えすると、自然と災難が取り除かれ、幸運がくるようになります。

 懴悔文の唱え方やご質問は、高野山千手会公式ラインアカウント↓に登録の上、お伺いください。幸運に包まれながら、一日一日を嬉しく過ごしていただきたいと願っています。

https://lin.ee/WW7ydJb

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